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カテゴリ:親鸞の「二十四輩寺」巡礼( 26 )


2012年 06月 02日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<25>最終回

二十四輩寺の第二十四(B)「本泉寺」 浄土真宗本願寺派 常陸大宮市野上1264 tel0295-57-3177

開基は唯円 西光寺の唯円とは異なり、当寺の唯円は、俗名を鳥喰六郎兵衛尉朝業といい、この地の領主であった。
1227年(安貞1年)親鸞聖人の門弟となり唯円を名乗った。その後鳥喰の地に「本泉寺」を建立したという。

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by kamoshiday | 2012-06-02 22:01 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
2012年 06月 01日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<24>

二十四輩の第二十四「西光寺」真宗大谷派 常陸太田市谷河原町735 tel0294-72-0961

開基は唯円(鳥喰の唯円) 俗名を橋本綱宗と称する武蔵野国楢山の領主であったと伝えられる。
1215年(建保三年)綱宗は、子を亡くしたことにより世の無常を感じ、修験者となって領地を離れ
諸国を遍歴したという。
常陸の国久慈西郡鳥喰(那珂市豊喰)に来た折り、薬師如来の夢告により稲田の親鸞のもとを訪ねたという。
そこで親鸞の教えを聴いて弟子となり、唯円の名を与えられたとされる。そして1237年(嘉禎三年)
鳥喰に「本泉寺」を建立したという。その後1661年(寛文元年)、現在の谷河原村に移り
「西光寺」と改め現在に至っている。

    山門と本堂
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by kamoshiday | 2012-06-01 21:21 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
2012年 05月 19日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<23>

親鸞の「二十四輩寺」第二十三(B)「覚念寺」真宗高田派 日立市金沢町4-14-24 tel0294-34-5755

我が家の菩提寺でもある。開基は「唯信」(畑谷の唯信)と称し、久慈西郡小瀬郷畑谷山(現在の常陸大宮市)に
覚念寺を開いたと伝えられる。1580年、小瀬の領主「山形信濃守」が、佐竹氏によって滅ぼされたため、覚念寺も
一時衰退したが後に再建された。
1600年(慶長5年)、現在地に移された。水戸藩時代には、藩主たちも立ち寄ったと伝えられる。

1.山門
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2.山門前にある二十四輩寺の石碑
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by kamoshiday | 2012-05-19 21:14 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
2012年 05月 15日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<22>

二十四輩寺の第二十三「信願寺」本願寺派  水戸市幡町1-2-1   tel 029-221-5769

開基は「唯信」 俗名は幡谷信勝と称し、現在の小美玉市幡谷の領主であったという。
1216年、親鸞一行が鹿島神宮へ参拝の途中、幡谷に立寄り、月下で念仏を唱えていたところ信勝の館へ招かれた。
信勝は、阿弥陀如来の夢告により、その教えを受けて弟子となり、「唯信」の法名を授けられたという。
1232年、「唯心」は領内に「信願寺」を建立したが、その後現在の常陸大宮市及び水戸城下の数箇所に移り
1681年(延宝9年)現在地に定まったという。

1.本堂
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2.親鸞の家族の銅像
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3.藤の花がきれい
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4.庭のサツキもきれいに咲いていた
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by kamoshiday | 2012-05-15 09:15 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(4)
2011年 08月 27日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<21>

二十四輩寺の第二十二「唯信寺」真宗大谷派 笠間市大田町436 tel 0296-77-0595

開基の「唯心」は、宍戸城(笠間市平町)主、宍戸知家の子「義治」という。
義治は若年より仏法に関心を持ち、22才の時、稲田の親鸞をを訪ねて弟子となり、名を「唯心」と改めたという。
現在地には、浄安寺と号した寺院があったが、寛永7年(1630年)に「唯信寺」と寺号を改めた。
江戸時代の植民政策(入百姓)による北陸からの移民の受け入れにも尽力したという。

                    参道から本堂を・・・5月3日撮影
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by kamoshiday | 2011-08-27 10:03 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(6)
2011年 06月 30日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<20>

二十四輩寺の第二十一「浄光寺」本願寺派 ひたちなか市館山9015 電話029-262-2824

建歴2年(1212年)創建された。開基の「唯仏」は、俗名を枝川賴貞と称し、藤原鎌足の系譜に連なる藤原氏の出身とされる。
1212年親鸞に帰依し、名を唯仏と改め、現在のひたちなか市枝川に創建された。
その後、何度かの変遷を経て、元禄9年(1696年)徳川光圀の命によって現在の館山に定められた。
       1.山門  
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       2.参道から本堂を
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       3・本堂
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       4.
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by kamoshiday | 2011-06-30 09:15 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(0)
2011年 06月 08日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<19>

二十四輩寺の第二十 「常弘寺」 本願寺派  常陸大宮市石沢1467 電話0295-52-2807

    嘉禄元年(1225年)「慈善」が開いた。「慈善」は、俗名を壺井重義と称し後鳥羽上皇の院臣という。
    関東巡歴の旅の途中、玉川沿いにある太子堂に参詣した夜、夢の中に聖徳太子が現れ、親鸞の元へ行くよう告げられた。
    そこで、稲田へ行き親鸞に会うと、直ちに帰依し、玉川沿いの現在地に「常弘寺」を開いたという。
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       2.本堂
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       3.参道から本堂方面
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              4.親鸞像
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              5.鐘楼
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              6.
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by kamoshiday | 2011-06-08 20:17 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(0)
2011年 05月 25日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<18>

二十四輩寺の第十九の2「法専寺」真宗大谷派 つくば市大曽根685-1 電話029-864-0257

稲田の草庵に親鸞聖人を襲ったものの、改心して弟子となった山伏・弁円(明法房)を開基とする。
真宗に帰依した明法房は、かつて住んでいた塔之尾に帰って、当寺を建立したと伝えられる。

        1.山門
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        2.古式で質素な本堂
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                3.弁円(明法房)の坐像
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        4.鐘楼
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        5.本堂とその奥に見える太子堂
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        6.良く手入れされた庭と花壇
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by kamoshiday | 2011-05-25 20:40 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
2011年 05月 23日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<17>

二十四輩の第十九「上宮寺」浄土真宗本願寺派 那珂市本米崎2270 電話029-298-1549

常陸板敷山に居を構え、一帯にその徳を慕われていた山伏・「弁円」は、念仏の教えをすすめる「親鸞聖人」の名声が高まることを憎み、
聖人を殺害しようと稲田の草庵を襲う。しかし聖人の尊顔に会った瞬間、心を改め弟子となり「明法聖人」と名乗ることになった。
「明法聖人」は、1221年(承久3年)当寺を創建し、一旦額田に移転した後、1584年(天正12年)現在地へ移ったとのこと。

         1.山門
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         2、長い参道が続く
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                3.
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         4.重厚な本堂
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                5.「親鸞聖人」旅姿
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         6.鐘楼
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                7.緑がきれいでした・・・
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by kamoshiday | 2011-05-23 20:11 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
2011年 02月 27日

親鸞の「二十四輩寺」巡礼・・・<16>

二十四輩の第十八「常福寺」真宗大谷派 つくば市大曽根685-1 tel029-864-0257

現在の常陸大宮市八田の武士「八田知朝」は、布教のため同村を訪れた親鸞に会い早速帰依したという。
名も「入信」と改め、一宇を建立したのが「常福寺」と伝えられる。
天文十年(1541年)、常福寺は戦乱に巻き込まれた事により、八田を離れ、筑波山を望む現在地に移った。
「入信」は、親鸞が帰洛する際後を追い、尾張の国で再会し、そのままそこに留まり没したという。

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         参道から本堂を・・・
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         本堂
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                  親鸞の旅姿
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                  「入信」の坐像
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by kamoshiday | 2011-02-27 11:23 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(4)