親鸞の二十四輩寺巡礼・・・<12>

二十四輩の第十四「願船寺」真宗大谷派 那珂郡東海村石神外宿1047 電話029-282-8515

建保二年(1214年)園城寺の天台僧「安信房尭範」は、佐竹氏の招きで、吉田郡石神郷に「願泉寺」を開いた。
更に尭範は、親鸞に帰依して、名も「定信」と改め、親鸞の意思を受けて、大山村の阿弥陀寺も継いだという。
「定信」没後、親鸞法弟の善明・学明の兄弟が、それぞれ阿弥陀寺と願泉寺を継いだ。
その後、水戸藩の時代に、徳川光圀は、寺号を「願泉寺」から「願船寺」に改めさせたという。

          1.長い階段を上ったところにある山門
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          2.鐘楼と本堂
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          3.本堂
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          4.
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          5.手入れが行届いた庭
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               6.親鸞のお手植えと言われる大イチョウ
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by kamoshiday | 2010-08-18 22:18 | 親鸞の「二十四輩寺」巡礼 | Comments(2)
Commented by geiei at 2010-08-19 20:55
変わった形の山門ですね!?初めて見る形です。もしかすると僧兵がいたお寺なのでしょうか?僧兵がこの山門から攻撃に備えていたとか?それとも、この山門に仏像を安置していたのかな?とても気になる形です。
Commented by kamoshiday at 2010-09-01 12:46
geieiさん、こんにちは
確かに変わった山門ですね。戦国時代に、この地域の城主からも信仰され
城主夫人の念仏寺を護る塔頭も開かれたと言う事から考えると、僧兵もありかなと思われますね。調査不足でごめんなさい。
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